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もちさんへ
返信、どうもありがとうございます。
私にとっての“安心感”
……
「人は聞いたことしか話せないし、
見たものでないと描けない」
これは、F山M治さんが、先週500回放送を迎えたラジオ番組の中で、F山さんの数々の名言を誉める相方に、F山さんがおっしゃった言葉です。
数々の歌を自ら作詞作曲なさった方、しかも照れ屋で、そこがまたまたたまらない
あっ、いかん、「談話室」じゃなかった
……で、前置きが長くなりましたが、
“安心感”がどんなものであるかは、安心感を味わった人にしか分からん…ということが言いたかったのです。
だから、私に具体的な安心って何ですか?と問われたら、
「今の怖いくらいの不安感の逆、あるいはそのような不安感を軽減してくれる存在」と、
いう言い方くらいしかできないような気がします。
……と、ちょうどそこへ、
立ち止まってくれた惠莉さんの投稿(惠莉さん、ありがとうございます )に、
“どんなに深い闇でも、同じ目線まで降りてきて”、そして “信じてくれてた人”
……これを読んで、涙が溢れ、しばらく放心状態でした。
あの時、こうしていてくれたなら、
今、こんなにも辛い思いを一人で抱えなくても済んだはずなのに……
抑えようと思っていた感情が、吹き出てきました
いろんな助け方はあるけど、あの時の私には、しかるべき人が寄り添ってくれる必要があったんだよな…
そんなこと、いくら思っても、過去も他人も変えることはできない……それは頭では分かっているはずなのに、いつまでも引きずってしまっています。
……って、もちさんからの質問の答になってませんね
長々書いたわりには、要領えない文章で、ごめんなさい。
“安心”な心地のする布団にくるまりながら、書いてみました〜。
みなさま、おやすみなさい
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